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佐賀地方裁判所 平成10年(行ウ)4号 判決

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告Aは、佐賀県に対し、金二億二四一二万四〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年九月二六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告佐賀県知事Aが、佐賀県の一九九五年度の複写機使用料のうち、実際には複写をしていないのに虚偽に使用したとして、架空水増し複写機使用料金二億二四一二万四〇〇〇円を佐賀県が複写機リース会社に違法支出したことを知りながら、右違法支出について、複写機リース会社に対する不当利得返還請求権及び右違法支出に関与した佐賀県職員に対する損害賠償請求権の行使を怠っている事実が違法であることを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、佐賀県の住民である原告らが、佐賀県が平成七年度に支出した複写機使用料四億八九六五万一〇〇〇円のうち、二億二四一二万四〇〇〇円の支出は違法であるとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、佐賀県に代位して、当時の佐賀県知事被告Aに対し損害賠償の支払いを求め、かつ、同項三号に基づき、被告佐賀県知事Aが、複写機リース会社及び違法支出に関与した佐賀県職員らに対する損害賠償請求権の行使を怠っている事実の違法確認を求めた住民訴訟である。

二  当事者間に争いのない事実及び証拠上明らかな前提事実

1  原告らは、佐賀県の住民であり、被告Aは、平成三年四月以来佐賀県知事の職にある。なお、原告らの一部は、地方自治体の公正な公金支出の確保等を目的として結成された団体である市民オンブズマン連絡会議・佐賀(以下「市民オンブズマン」という。)に所属している。

2  佐賀県は、かねてより、複写機リース会社二社との間で複数の複写機リース契約を締結し、リースを受けた複写機を各部課に設置して使用していた。右各契約では、佐賀県は複写機リース会社に対し、一枚あたりの単価に使用枚数を乗じた複写機使用料を支払うことになっていた。

3  佐賀県庁全庁における平成七年度の複写機使用料の支出合計額は、四億八九六五万一〇〇〇円であった(以下「本件支出」という。)。しかし、佐賀県は、平成一〇年六月一六日、県議会に対し、本件支出のうち約二億二四一二万四〇〇〇円は正規の複写機使用料にかかる支出ではなく、このうち約一億三〇〇〇万円余りは、他所属分の複写機使用料や用紙代、OA機器の購入等、他目的の支払いに充当し、残り約九四〇〇万円は次年度以降の複写機使用料として複写機リース会社に預けている旨報告した。

4  原告らは、平成一〇年七月二七日、佐賀県監査委員(以下「監査委員」という。)に対し、「一九九五年度佐賀県複写機使用料に係る支出の監査を求め、違法、不当に支出された二二四、一二四、〇〇〇円の返還及びその他の措置を請求する」旨の住民監査請求をした(以下「本件住民監査請求」という。)が、監査委員は、平成一〇年八月一四日付で、本件住民監査請求は法二四二条二項に定める期間を経過しており、また同項ただし書にいう正当な理由があるとは認められず不適法であるとして、これを却下した。

三  争点

1  本案前の争点(本件住民監査請求の適法性)

(一) 本件住民監査請求は、佐賀県庁全庁における平成七年度分の複写機使用料にかかる支出全部を包括して対象とするものであるところ、監査対象は特定されているといえるか。

(原告らの主張)

(1) 住民監査請求の対象となる行為等の特定については、最高裁判決についての一般的な解釈、下級審判決の傾向等からすれば、いわゆる模索的監査ではなく、監査の対象となる行為等と他の行為等を、社会通念に照らして、区別して認識できる限りは、特定性の要件を満たしていると考えるべきである。本件住民監査請求は、請求書に事実証明書として添付した平成一〇年六月二三日付朝日新聞記事等もあわせて検討すれば、「佐賀県が一九九五年度に複写機使用料として支出した約四億九〇〇〇万円のうち、二億二四一二万四〇〇〇円について、実際には使用していないにもかかわらず、違法・不当に支出されたので監査を求める」という程度にまで特定されているから、模索的監査を求めるものとはいえず、監査の対象となる行為等と他の行為等を識別するに足りる程度の特定がなされている。

(2) また、最高裁判所平成二年六月五日第三小法廷判決(以下「最高裁平成二年判決」という。)は、行為等が複数である場合でも、当該行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合には、監査の対象を個別的、具体的に摘示することを要しない旨判示しているところ、佐賀県は基本的に複写機リース契約を一括契約をしているのであり、本件支出は、右にいう「複数の行為等を一体とみて違法・不当性を判断するのが相当な場合」に該当するともいえる。前記最高裁平成二年判決は、三年間の会議接待費等の架空支出全部を対象とする住民監査請求を不適法と判断しているが、本件複写機使用料は、支払い義務の発生場所及び支払方法等が同一で、金額の計算方法も極めて単純(単価×枚数)であり、問題とされる違法・不当の内容は、支出金額に相当する枚数分、実際にコピーを使用していたかどうかという点で全て共通であるなど、会議接待費等が必要なものであったかどうかを個々の支出ごとに様々な観点から判断する必要があった右最高裁判決の事案とは異なる。

(3) 以上のとおり、本件住民監査請求において、対象となる行為等の特定は十分になされている。

(被告らの主張)

(1) 住民訴訟の前置である住民監査請求は、その本来の目的が普通地方公共団体の職員による違法又は不当な行為等の予防、是正を図ることであることから、請求の対象も、具体的な機関又は職員の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実に限られるのであって、住民監査請求においては、対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監査の端緒を与える程度に特定すれば足りるというものではなく、当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要し、また、当該行為等が複数である場合には、財務会計上の行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き、各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要する(最高裁平成二年判決)。そして、右にいう「財務会計上の行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法または不当性を判断するのを相当とする場合」とは、普通地方公共団体の長が職員に対し一定の基準により違法に給与を支給したとして住民監査請求をする場合のように、支出の制度上の原因・根拠が単一であり、その制度上の原因・根拠そのものが違法不当であるため、それに基づいて行われた支出行為は自動的に違法不当になるような場合等をいうのであって、本件支出のように、違法・不当な支出と適法・正当な支出が混在する場合は、右に該当しない。

本件住民監査請求において、原告らは、監査の対象を単に「一九九五年度・・(中略)・・違法、不当に支出された二二四、一二四、〇〇〇円」とするのみで、個々の支出について日時、支出金額、支出命令等の具体的な支出行為を特定せず、包括的にその全体の金額を監査の対象としているから、右請求は、監査対象の特定を欠き不適法である。

(2) 原告らが個別的、具体的に対象を摘示せずに監査請求を行おうとするのであれば、現行の地方自治法上、事務監査請求(法七五条)が制度として予定されているのであり、住民監査請求によるべきものではない。

(二) 本件住民監査請求が本件支出のあったときから一年を経過した後になされたことについて、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるか。

(原告らの主張)

(1) 法二四二条二項ただし書の「正当な理由」の有無は、当該行為が秘密裡になされた場合、特段の事情のない限り、普通公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたとき(以下単に「知ることができたとき」等という。)から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決。以下「最高裁昭和六三年判決」という。)。ただし、知ることができた時点で、地方公共団体の対応等具体的状況に照らし、住民において住民監査請求をする実質的な必要性がない場合には、その必要性が生じた時点をもって(相当な期間の起算点としての)知ることができたときとみるべきである。

ここにいう「秘密裡」性の対象は、違法な財務会計行為の是正を図る住民監査請求及び住民訴訟の趣旨に鑑みて、当該財務会計行為の存在のみならずその違法性をも含むと解すべきである。すなわち、当該行為等が秘密裡に行われた場合にあたるか否かは、住民が当該財務会計行為の違法性を基礎付ける事実を知りうるか否かによって判断すべきである。

また、どの程度の期間を右「相当な期間」と認めるかは、知ることができた時点以後の自治体の対応、証拠の収集等に必要な期間等が事案によって異なるから、絶対的な画一的期間を決めるのは適切ではなく、住民監査請求をして認容を得るにはかなりの証拠を示す必要があり、請求する側のスタンスとして慎重派の存在も考慮されるべきであること等を総合的に考慮すれば、三か月程度を原則的に相当な期間内と認め、自治体側の対応、監査請求の証拠収集の難易等から見て特別の事情がある場合には、三か月程度を越えても実態に沿って相当な期間と認めるべきである。

(2) 本件の場合、本件支出の違法性・不当性、すなわち、佐賀県庁が全庁で実際に使用しているより多数の枚数の複写を使用したと虚偽の請求書を複写機リース会社に書かせ、それに基づき架空使用分も含めて複写機使用料を水増しして支払っていた事実は、住民には到底知り得ないことであった。よって、本件支出は秘密裡になされたものといえる。

そして、原告らが、相当の注意力をもって調査したときに、客観的に見て、本件支出及びその違法性・不当性を知ることができたのは、平成一〇年六月一七日、佐賀県が、前日、本件支出のうち約二億二〇〇〇万円が水増し分の支出であること等を認めた旨の新聞報道がなされた時点である(なお、被告らは、遅くとも平成一〇年三月二六日以前に本件支出を知り得たと主張し、その根拠として、右時点までに、農林部林政課の複写枚数が不自然に多いことの新聞報道がなされたこと等を指摘する。しかしながら、(右時点において)水増し違法支出があったことの疑惑の根拠は、農林部林政課及び土木部都市計画課の複写枚数のみに過ぎず、それも、開庁日一日あたり八・六時間の複写時間が必要等というもので、右時間数は客観的に複写可能な時間数であり、かつ、当該課が「残業や休日出勤でコピーをしていた」と弁明している中で、主観的疑惑を超えて違法支出を知り得る状態になったとはいえないものである。ましてや、農林部林政課、土木部都市計画課以外の課について違法支出があることは、支出命令権限が課長となっている以上、農林部林政課の事例から推測することはただの主観的憶測に過ぎず、また、複写枚数について不自然・異常というものがなく、他の証拠、情報もないのであるから、違法支出を知り得る状態でなかったことは明らかである。)。

ところで、右の平成一〇年六月一七日の時点では、佐賀県は県庁自身で積極的に実態解明を進めていく意向を公表していた。かかる場合、県民としては、地方自治による解決の一つとして県の調査の結果を待つのが通常である。よって、右時点では、住民監査請求の必要性はなかった。必要性が生じたのは、同年七月二日、佐賀県が、各課別の複写機使用料の流用額を明らかにすることを拒否したまま、本件違法支出の責任として知事らの減給等の処分案を発表した旨の新聞報道がなされた時点である。従って、同日をもって本件における「相当な期間」の起算点と解すべきである。

(3) 原告らは、本件支出を知ることができた平成一〇年七月二日から二五日後に住民監査請求をした。仮に、佐賀県が県庁全庁ぐるみで本件違法支出をしていることを認めたことが報道された前記同年六月一七日を起算点と考えても、原告らは右時点から四〇日程度で住民監査請求をした。よって、原告らは、本件支出を知ることができたときから相当な期間内に、本件住民監査請求をしたといえる。

(4) 従って、原告らには、監査請求期間を経過したことにつき、「正当な理由」がある。

(被告らの主張)

(1) 最高裁昭和六三年判決にいう秘密裡になされる対象となる事実とは、公金の支出などの当該行為自体であって、当該行為に違法性・不当性が内在するという事実ではない。

本件支出は、佐賀県財務規則に定める手続どおり行われており、かつ、佐賀県では情報公開条例が施行されているのであるから、佐賀県住民は、右条例に基づく開示請求により、本件支出行為の内容をいつでも知り得る立場にあった。よって、本件支出行為は秘密裡にされたものとは言えず、本件住民監査請求が支出行為から一年を経過した後になされたことにつき正当な理由はない。

(2) 仮に、原告らの主張するように当該行為等の違法性も秘密裡性の対象に含まれるとの見解に立ち、かつ、新聞報道等をもとに判断しても、原告らが本件支出を知ることができた時点は、左記のとおり、平成一〇年三月二六日より遅いことはない。

原告ら又は市民オンブズマン(以下、市民オンブズマンについても単に「原告ら」という。)は、平成九年一一月二五日、佐賀県情報公開条例に基づいて複写機使用にかかる土木部監理課の平成四年度、七年度、八年度、農林部農政企画課、農村計画課、林政課の平成七年度の支出命令書と使用料請求書の開示を受け、その内容について、「一年分の請求を一日だけでするなんて不自然。複数の業者の請求書書式が同じなのもおかしく、県が作成した疑いもある」旨指摘した。

そうすると、原告らは、右平成九年一一月二五日まで(「第一の時点」という。)には、農林部、土木部については違法又は不当と疑われる事実を知り得る状況にあったものと考えられる。また、農林部、土木部だけを特別視しなければならない合理的な理由はないので、全庁的にも、この時点が、知ることができた第一の時点である。

そうでないとしても、原告らは、平成一〇年二月三日、先に開示を受けた農林部九課の資料を分析した結果について、「林政課で一か月で約七二万枚をコピーしたことになっている平成七年一一月は、平日に平均八・六時間動かし続けなければならない。メーカー側に問い合わせたところ、同機種の一か月のコピー枚数は七万枚がいいところで、その一〇倍は無理との回答を得た。実際のコピー枚数より多くコピーしたことにして、不正に公金を支出している疑いがある」などと発表した。さらに、原告らは、平成一〇年二月一二日、平成七年度の農林部全九課の複写機費用支出に関する住民監査請求をし、その請求書において、「林政課の複写の、不可能かつ現実離れした数値は虚偽以外のなにものでもなく、当該課を始めとした農林部九課における複写費用の公金不正支出の疑いは極めて強い」などと述べ、また、同月二〇日に知事宛に提出した複写機使用料金等にかかる全庁調査の要請書では、「農林部の事例から見て、当該部に限らず複写機使用に対し全庁の使用実態に多くの疑惑を抱かざるを得ない」旨述べた。

右に述べた原告ら自身の発表内容等に鑑みれば、原告らは、遅くとも平成一〇年二月二〇日まで(「第二の時点」という。)には、複写機使用料にかかる支出が全庁的に違法又は不当であると疑われる事実を知ることができたことは明らかである。

さらに、原告らは、平成一〇年三月一八日、都市計画課の平成七年度複写機使用料分析結果として、「不正支出の疑いが強い。林政課に匹敵する異常な枚数で、組織的な不正支出の疑いが強まった」旨指摘し、同月二五日、二六日両日には、全庁(林政課、都市計画課を除く)の平成七年度分の支出命令書、林政課の平成五、六、八年度分の支出命令書、都市計画課の平成五、六年度分の支出命令書、総務学事課の一括契約とは別に各課等が個別に契約した平成七年度の複写機契約書、総務学事課が一括契約した平成四、五、六、八年度の複写機契約書の開示請求を行った。

そうすると、原告らが全庁的に本件支出が違法又は不当であると疑われる事実を知ることができた時点は、どんなに遅くとも平成一〇年三月二六日までの時点(「第三の時点」という)である。

本件住民監査請求は、前記第一の時点から八か月以上、第二の時点からは五か月以上、第三の時点からでも四か月以上が経過してからなされており、相当な期間内になされたものとはいえない。

2  本案の争点

(一) 本件複写機使用料支出の適法性

(二) 佐賀県の損害の有無

(三) 被告Aの義務違反及び故意又は過失の有無

(四) 被告佐賀県知事Aの財産の管理を怠る事実の有無

第三判断(本案前の争点について)

一  本件住民監査請求の対象の特定について

1  法二四二条の定める住民監査請求制度は、法七五条に定める事務監査請求制度と対比して考慮すれば、住民に対し、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員による一定の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実(以下、財務会計上の行為又は怠る事実を「当該行為等」という。)に限って、その監査と非違の防止、是非の措置とを監査委員に請求する権能を認めたものであって、それ以上に、一定の期間にわたる当該行為等を包括して、これを具体的に特定することなく、監査委員に監査を求めるなどの権能までを認めたものではないと解するのが相当である。

そうすると、住民監査請求においては、対象とする当該行為等を監査委員が行うべき監査の端緒を与える程度に特定すれば足りるというものではなく、当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要し、また、当該行為等が複数である場合には、当該行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合を除き、各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示することを要するものというべきであり、監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載、監査請求人が提出したその他の資料等を総合しても、監査請求の対象が右の程度に具体的に摘示されていないと認められるときは、当該監査請求は、請求の特定を欠くものとして不適法というべきである(最高裁平成二年判決)。

2  これを本件住民監査請求についてみるに、原告らは、平成七年度監査請求分については、「佐賀県職員措置請求書」と題する監査請求書における請求の趣旨として、「一九九五年度佐賀県複写機使用料に係る支出の監査を求め、違法、不当に支出された二二四、一二四、〇〇〇円の返還及びその他の措置を請求する」とした上、その請求の理由として、「佐賀県は、はじめ林政課、やがて全庁の一九九五年度の複写機使用料の支出に関して調査をし、本年六月の県議会議員勉強会においてその結果を報告した。それによると一九九五年度の佐賀県庁全庁の複写機使用料として支出したのは四八九、六五一、〇〇〇円であるが、実際の複写機使用料は二六五、五二七、〇〇〇円であり、差額の二二四、一二四、〇〇〇円を業者に水増し請求させていた。そして、右水増し分を全庁ぐるみで他課の複写機使用料への流用や、パソコン・OA機器、コピー用紙等の購入に不正に支出していたこと、さらに、裏金として九三、五〇〇、〇〇〇円が一九九五年度には使い切れずに業者にプールされていたことが判明した。しかし、佐賀県は、各課ごとの水増し額及び流用の詳しい内容、右プール金九三、五〇〇、〇〇〇円の支出内容、行方について詳細な説明を避けている。(中略)二二四、一二四、〇〇〇円全体について「違法、不正な支出」である。」と記載している(乙三)。

そもそも複写機使用料なるものは、佐賀県庁の各部課毎に支出がなされる上、同じ部課、同じ年度にあっても、支出行為は複数あり得るものであるから、具体的支出行為としては、支出命令、日時、金額等においてそれぞれ異なるものであるところ、右の記載によれば、本件住民監査請求は、複数の部課における各複数回の支出行為を全て包括して監査の対象としているものというべきである。

3  ところが、原告らは、右包括請求であっても特定性に欠けることはないとしつつ、その理由として、本件複写機使用料は、支払義務の発生場所及び支払い方法等が同一で、金額の計算方法も極めて単純(単価×枚数)であり、問題とされる違法・不当の内容は、支出金額に相当する枚数分、実際に複写機を使用していたかという点において共通であるから、会議接待費等とは異なり、個々の支出毎に様々な観点から判断する必要がある場合ではないから、最高裁平成二年判決の示す「当該行為等の性質、目的等に照らしこれらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする」例外的な場合に該当する旨の主張をしている。

本件住民監査請求は、「佐賀県庁全庁における平成七年度分の複写機使用料に係る全支出のうち、一部は実際の複写を伴わない水増し支出である」として、「当該水増し支出部分につき、返還等の措置を求め」るものであるところ、複写機使用料の支出は、本来の使用法等を遵守して支出する限りにおいては適法行為にほかならず、また、それぞれの支出行為は、本来別異の内容と実体を有するものであり、各部課の規模や性格、とりわけこの種複写費を本来多く利用する部課か否か等により、異なる規模の部課であればもちろんのこと、たとえ同一規模の部課の同一時期の支出であっても、その各支出が同一になるというものでもないし、ある特定の部課の支出行為であっても時期を問わず常に同一であるということもできないから、県庁全体の複写機使用料にかかる全支出につき、これらを一体とみて一律包括的に、それらの各違法・不当性の有無・程度を判断することはできないといわねばならない。

本件においては、確かに水増し支出が全庁的傾向であることを佐賀県が認めていたという事情があり、全庁的に複写機使用料につき水増し支出がなされたことが強く疑われるとはいうものの、しかしだからといって、そこから直ちに、監査委員において、各支出行為につき違法・不当支出の有無・程度を具体的かつ明瞭に確定できることになるものではない。また水増し支出が全庁的傾向であるとはいえ、それは、かかる水増し支出が、多かれ少なかれ、たまたま事実上県庁のほとんどの部課において、同時並行的に行われていたというにすぎず、右各部課の各時期における全ての支出行為につき、そもそも論理的に密接な牽連関係があって統一的に結びつけられたものであると法的に評価できるものではない。

すなわち、請求を受けた監査委員としては、たまたま本件複写機使用につき支払義務の発生場所及び支払い方法等が同一であるなど、各支出行為に共通する点があるとはいえ、各部課における個々の各支出行為毎に、支出に対応する複写機使用の有無等を調査しなければ、当該支出行為の違法性・不当性の有無及び程度を判断することはできないのであるから、前記最高裁平成二年判決の示す例外的な場合に該当するということはできない。

4  そうすると、請求人としては、個々の支出行為毎に、支出した部課、支出年月日、金額、支出先等を示して当該支出行為を他の支出行為と区別して特定認識できる程度に、個別具体的に摘示する必要がある。しかるに、本件住民監査請求においては、前記監査請求書に添付された事実証明文書としての新聞記事の内容を併せてみても、平成七年度における複写機使用料にかかる全支出を包括したまま、佐賀県庁全庁及び各部局毎の支出額及び水増し支出額を指摘するにとどまるものである。そうだとすれば、本件住民監査請求は、結局、監査請求の対象の特定を欠き、不適法なものといわざるを得ない。

二  法二四二条二項ただし書の「正当な理由」の有無について

1  前述のとおり、本件住民監査請求は、そもそも監査対象の特定を欠く点において全体として不適法なものであるが、加えて、法二四二条二項本文の監査請求期間も徒過していることから、同項ただし書の「正当な理由」の有無についても検討するに、法二四二条二項は、法的安定性の見地から、請求期間を原則として当該行為のあった日又は終わった日から一年間に限定しつつ、特に請求を認めるべき相当な理由がある場合に限り、右期間経過後の請求を容認するものであるから、同項ただし書にいう「正当な理由」の有無は、一般の住民が、相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断するのが相当であり、右判断に際し当該請求者の現実の認識その他の主観的な事情は考慮すべきではない。

2  これを本件についてみるに、佐賀県では情報公開条例が施行されており、住民は右条例に基づく文書開示請求により本件支出行為の内容をいつでも知り得る状況にあったものであり、少なくとも本件支出の一部については、右文書に記載された使用枚数等自体から、不正支出を疑わせる事実の存在を知り得たといえる。そうすると、これらについては、文書の開示請求が可能になった時点、すなわち、当該支出行為が終わった時点で、当該行為を知ることができたというべきである。現に、原告らは、開示を受けた公文書から判明した複写枚数及び複写機の性能に関する独自の調査結果等を踏まえ、林政課及び都市計画課平成七年一一月分の複写機使用料が異常に多く明らかに不当支出である旨、林政課については平成一〇年二月三日、都市計画課については同年三月十八日の時点で、それぞれ指摘しており、少なくともこれらの支出に関しては、右各時点までにその違法・不当性を基礎づける事実を認識している。

3  さらに、原告らは、同年三月二五、二六日の両日に、平成七年度分の全庁の支出命令書(既に開示を受けた分を除く)の開示請求を行い、平成一〇年五月二二日、右請求にかかる文書が開示された上、同年六月十七日には、佐賀県自らが平成七年度の複写機使用料にかかる支出につき全庁的に流用等があったことを認めた旨の報道がなされたのであるから、遅くとも右六月一七日の時点では、原告らは平成七年度の全庁の複写機使用料支出につき違法又は不当なものと疑われる事実を知り得る状況にあったといえる。

4  そうすると、本件住民監査請求は、いずれにしても原告らが当該行為を知ることができた時点から少なくとも四〇日を経てなされたものである。

ところで、原告らは、遅くとも平成九年一一月二五日の時点(被告らが主張する「第一の時点」)では、佐賀県庁の複写機使用料にかかる支出の適正さに疑念を抱き、以後順次文書開示請求をしてその内容の分析を進めるとともに、複写機の性能調査等も行っていたもので、前述のとおり、平成一〇年五月二二日の時点で、既に本件支出に関する文書の開示を受け終えていたことに照らせば、佐賀県が平成七年度の全庁的な複写機使用料の流用を認めたことが明らかになった平成一〇年六月一七日以後は速やかに住民監査請求をすることができたといえる。そうすると、右六月一七日から四〇日後になされた本件住民監査請求は、知ることができたときから相当な期間内になされたものとはいえない。結局、本件住民監査請求は、期間徒過につき正当な理由は認められず、不適法といわざるを得ない。

三  以上のとおり、本件住民監査請求は不適法であり、適法な住民監査請求を経たことを前提とする本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、却下を免れない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀川清長 裁判官 早川真一 裁判官 福島恵子)

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